春香Pの雑記

アイマスのこと、書評、日記など。

『城崎にて』

生死の偶 思わす道の 朽ち果実

f:id:hi-ho-p:20191223173531j:image
f:id:hi-ho-p:20191223173536j:image

山手線に轢かれた志賀直哉は、城崎に湯治に訪れる。彼はその時の経験に基づいて、『城崎にて』という私小説を書き上げた。

たまたま蜂・ねずみ・イモリの死を目の当たりにし、事故から助かった自分との対比から、「偶然、自分は助かったのだ。生と死の間に大きな違いはなく、隣り合わせのものだ」という感覚を得る、という物語である。中学生の頃に国語の教科書で読んで、以来なぜか頭にこびりついている。

小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

小僧の神様・城の崎にて (新潮文庫)

  • 作者:志賀 直哉
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2005/04
  • メディア: 文庫
 

 

せっかく城崎を訪れたから、『城崎にて』の舞台である志賀直哉の散歩コースを歩きたいと思った。どうも作中に出てくる桑の木が残っている、という。そこに向けて歩くことにした。

温泉街からは割と長い道のりだ。桑の木を目指す途中で、不自然に置かれた柿のような実とガードレールのところに差し込まれた赤い果実を見つけた。

その時、不意に「事故で亡くなった人への供え物ではないか」と思った。全く違うかもしれないとも思ったが、そうかもしれないとも思った。先日、道端で事故の情報を求める看板と供えてあった献花を目にしていたことを思い出し、「自分が事故で突然死んでもおかしくないのだ」ということも考えた。

 

志賀直哉が城崎で体感した「生と死」にまつわる出来事を、追体験したような気がして、不思議に感じた。

 

その後、桑の木に着いた。当時の桑の木ではなく、三代目の桑の木ということだった。

f:id:hi-ho-p:20191223184219j:image